ちなみに、高橋さんは、直島ボランティアガイドの会長をされており、本村地区を訪れる人たちにガイドをしています。
直島・男木島・女木島の領主、高原初代次利の墓標は、大きく立派な大名墓の風格がある。
五輪と石塔【写真左】があり、塔の方には『西宗(せいしゅう)』という文字が入っておりキリシタン大名の印。
その裏には数基の卵塔(らんとう)【写真左下】があり、屋根の部分の側面がクルス(十字)【写真右下】になっており珍しい。
キリシタン弾圧の以前のもので、むしろ多くのインテリ大名が信仰していた。特に瀬戸内沿岸部の大名豪族に多かったようだ。
「鎮西八郎為朝公(ちんぜいはちろうためともこう)」とアワビの貝殻に墨書し、家の入り口に掲げています。【写真は、本村の三宅さん宅】
これは昔からの”魔除け”。
為朝公は『保元の乱』(1156年)で崇徳上皇側について奮戦するも武運つたなく破れた。しかしながら源氏を代表する稀代の猛将。
『この家には強い人がいるぞ』と悪魔と病気払いを願って家々に掲げた。
備前、讃岐で多くの大小名が姿を消した中で、江戸初期までの90年間の基盤をつくった人物。関ヶ原合戦でちゃんと東軍の徳川方についたことなど天下の形勢をよく読んでいた。そして「寛永諸家系図伝」に残る名家となる。
北の寺の高原氏墓地の見事な五輪の塔ら(町文化財)、八幡神社の鳥居(県文化財)は高原氏の豊かさと活力、高い文化が伺える。
貴船神社は、水の神様で祈雨や止雨に霊験あらたか、直島で最も古い社で平安時代の創社、と伝えられる。
また、大蛇伝説があり、ある朝本村の老人が参拝すると大木から神社の屋根に大蛇が横たわっていた。老人は「今日は鯛網を受けており、大漁間違いなし、ありがたい、ありがたい。」と帰宅した。その日は大漁であった。
大槌島の大蛇伝説があり、「直島の貴船さんへ遊びに来られていたのかなぁ」・・・・と
本村東町の「角屋(かどや)」の側に、地鎮さんを祀っていた。 この地蔵さんが、夜になると化け物に変じて、人が通る度に「相撲を取ろう」と追い回した。高原の殿さんが大刀でこの化け物を”ずんどう!”と斬り、退治したそうだ。 ところが、今度はその霊が火の玉になって町内を飛び回り「たたり」だと大変恐れた。高原氏でも心掛かりになり、高原氏墓地内に丁重にお祀りした。