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本村地区の裏情報
高橋さん 「うぃ・らぶ・なおしま」メンバーの高橋さん(直島の歴史についてとっても造詣の深い)に、直島の中でも歴史が古い「本村地区」の穴場的な情報を教えてもらいました。本村地区を散策するときのお供にどうぞ。

ちなみに、高橋さんは、直島ボランティアガイドの会長をされており、本村地区を訪れる人たちにガイドをしています。

■ 「高原氏の墓標群」 (2004.12.16up)
高原氏の墓標群1

直島・男木島・女木島の領主、高原初代次利の墓標は、大きく立派な大名墓の風格がある。

五輪と石塔【写真左】があり、塔の方には『西宗(せいしゅう)』という文字が入っておりキリシタン大名の印。

その裏には数基の卵塔(らんとう)【写真左下】があり、屋根の部分の側面がクルス(十字)【写真右下】になっており珍しい。

キリシタン弾圧の以前のもので、むしろ多くのインテリ大名が信仰していた。特に瀬戸内沿岸部の大名豪族に多かったようだ。

高原氏の墓標群2
高原氏の墓標群3
■ 「邪気を払い福を招く」 (2004.12.08up)
邪気を払い福を招く

「鎮西八郎為朝公(ちんぜいはちろうためともこう)」とアワビの貝殻に墨書し、家の入り口に掲げています。【写真は、本村の三宅さん宅】

これは昔からの”魔除け”。

為朝公は『保元の乱』(1156年)で崇徳上皇側について奮戦するも武運つたなく破れた。しかしながら源氏を代表する稀代の猛将。

『この家には強い人がいるぞ』と悪魔と病気払いを願って家々に掲げた。

■ 「キリシタン燈籠」 (2004.12.01up)
キリシタン燈籠1
キリシタン燈籠2
高原氏墓標群の奥の天神さんに一つの燈籠があります。よく観察してください。
この燈籠のキリスト像はユニークで可愛くて、微笑んでいるようにたくさん並んでいます。
■ 高原城初代城主「次利」のこと
国立公園瀬戸内海の原点といえる備讃瀬戸の要衝の地に直島町は27の美しい島々で形成。ベネッセ美術館の現代美術は安藤建築と共に広く知られており、ユニークな公共建物・石井建築も人気が高い。

今回は、高原城初代城主「次利(つぎとし)」のことを記したい。
高原城
400年ほど前、高原次利が水軍の将として古城山に城を築き、本村はその城下町。次利は天正10年(1582)豊臣秀吉の備中高松城攻略の際、海上警備につき功績が認められ、直島、男木島、女木島の3カ島600石の所領を許される。

次利は、当時としては珍しく88歳の長寿を全う、高原氏中興の祖とされる。これは室町時代・享禄4年(1531)から徳川時代二代将軍秀忠の元和5年(1619)まで生きた。
織田、豊臣、徳川の乱世を生きた人であった。

備前、讃岐で多くの大小名が姿を消した中で、江戸初期までの90年間の基盤をつくった人物。関ヶ原合戦でちゃんと東軍の徳川方についたことなど天下の形勢をよく読んでいた。そして「寛永諸家系図伝」に残る名家となる。

北の寺の高原氏墓地の見事な五輪の塔ら(町文化財)、八幡神社の鳥居(県文化財)は高原氏の豊かさと活力、高い文化が伺える。

八幡神社の鳥居
■ 「貴船神社と大蛇伝説」
貴船神社

貴船神社は、水の神様で祈雨や止雨に霊験あらたか、直島で最も古い社で平安時代の創社、と伝えられる。

また、大蛇伝説があり、ある朝本村の老人が参拝すると大木から神社の屋根に大蛇が横たわっていた。老人は「今日は鯛網を受けており、大漁間違いなし、ありがたい、ありがたい。」と帰宅した。その日は大漁であった。

大槌島の大蛇伝説があり、「直島の貴船さんへ遊びに来られていたのかなぁ」・・・・と

■ 「相撲好きな一つ目の化け物」

本村東町の「角屋(かどや)」の側に、地鎮さんを祀っていた。
この地蔵さんが、夜になると化け物に変じて、人が通る度に「相撲を取ろう」と追い回した。高原の殿さんが大刀でこの化け物を”ずんどう!”と斬り、退治したそうだ。

ところが、今度はその霊が火の玉になって町内を飛び回り「たたり」だと大変恐れた。高原氏でも心掛かりになり、高原氏墓地内に丁重にお祀りした。

お地蔵さん1

お地蔵さん2
台座 この地蔵さんは真横に真っ二つに割れて【写真左上】おり、台座も縦に割れて【写真右上】いる。台座だけは、今も角屋の裏に移して残っているが、この石の台座【写真左】はやはり縦に割れています。
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